キャラバン実施報告

CARABAN REPORT

浪江ルート

浪江ルートの三つ目は、演奏はありませんが「震災遺構・請戸小学校」を見学し、今回の災害の様子を肌で感じることができました。

浪江ルート キャラバン概略

実行委員:雜賀(さいか)英之

参加メンバー( )内はパート名
田中健先生(指揮)、市川清(1)、岡山ひかり(1)、佐藤貴博(1)、高橋舞(1)、井上真吾(2)、川原正隆(2)、長谷川覚(2)、雜賀英之(3)、山崎篤(3)、土岐育子(3)、狩野美貴(4)、神田栄三郎(4)、白川正広(4)、堀井由香(4)

 

 浪江ルートのキャラバンが向かったのは福島県東端の浪江町。ここは太平洋沿岸、福島第一原発のある双葉町の北隣に位置する。津波被害による死者・行方不明者は184名にのぼり、甚大な被害を受けたこの町の面積の8割以上が、未だ「帰還困難区域」に指定されている。以下、メンバーが気づいた点や感想を織り交ぜながら、行程の様子を記したい。

 キャラバン当日は、福島駅西口バスプールに7時15分集合。前日の「500人のチェロ・コンサート」の興奮が冷めない各ルートのメンバーが集まっていた。私たち、浪江ルートメンバーは全14名であるが、幸運にも前日のコンサートの指揮者、田中健先生にご同行いただけることとなった。バス出発時の点呼はいつも、1st=4名、2nd=3名、3rd=3名、4th=4名、そして先生、である。事前のZoomミーティング、そして前夜祭ですでに交流を深めており、以前からの知り合いのようにお互い打ち解けあう間柄になっていた。
 
 メンバーの高橋舞さんと私(雜賀)とは、2015年のキャラバンツアーで同じチームでリーダーの経験をしており、再び珍道中になることを、実は楽しみにしていた。心は浮いていても、バスガイドとして、涼しい顔して進めていかねばならない心地よいストレスも楽しみだ(笑)。前夜は、二人で示し合わせたわけではないが、被災地域の知識と行程中で話すことを、それぞれのホテルで準備していたようだ。コンサートと前夜祭の参加などで睡眠不足もあったが、メンバーが有意義にキャラバンに参加していただくには手を抜くことはできない、二人とも独自にそう思っていていたことが面白い。
 
 訪問地に着くまで、皆さんの気持ちのベクトルを合わせるために、車酔いに配慮しながら様々な事前情報をインストールしていった。調べた現地の状況や対応の注意点の説明や各人の自己紹介などを交え、一部社会科見学の様相を呈しつつ、浪江への思いを高めた結果、皆さんが積極的に自身の経験などを生かした補足をしてくださったのがとても心強かった。
 
▼バスの中での話題:
事前にこの地の下見をした実行委員のレポート:現地の方への伝え方◆福島の今と原発について◆訪問する場所について◆「創成」に込められた思い:震災後に生まれた子どもたち◆学校の廃校、統廃合情報と現状、戻ってきている生徒数◆《道の駅なみえ》のマークの説明、シンボル、名産品など◆請戸小学校の奇跡:物語の朗読◆自己紹介、ニックネーム◆中学生を持つ親の気持ち◆復興の状況◆現地で校歌を歌いやすくするための演奏の工夫について
 こうして私たちは、浪江町への想いを確かめることができた。
 
はじめの訪問先、《なみえ創成小学校・中学校》にはゆとりをもって到着できた。本番までに1時間のリハーサルができるが、新曲もあるので1時間でも正直足りない。ここでしか演奏しない同校・校歌の練習もある。でも田中先生は、テキパキとキャラバンサイズの音楽を数曲創り上げ、奏者も満足の様子。曲の多くは昨日のコンサートをイメージしてのぶっつけ本番となったが、すでに入場している子どもたちを前にしてメンバ-は落ち着いている。小学生の皆さんには「チェロの音を肌で感じてもらいたい」という意見が出て、体育館の床に直接座っていただいた。その後ろに中学生、そしてその後方から取り巻くように先生がたと近隣の住人の方々。まず校長先生が、開催のご挨拶の中でわかりやすく私たちをご紹介くださった。そして、空気が澄み切って神聖な雰囲気に…。

 静寂の中からのモーツァルト作曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の演奏。いきなりのクラシック、子どもたちにはどう響いただろうか。司会進行・高橋舞さんの第一声は緊張気味だったが、すぐに慣れてきたようだ。
 
 次は、子どもたちに馴染みの深い「さんぽ」の演奏、まだ皆さんのノリが良くなかったのか、舞さんは途中から前に出て歌いだした!するとシャイな子どもたちも俄然元気に大合唱。次の「星影のエール」でも舞さんの歌声は体育館に美しく響き渡り、一体感のある雰囲気でプログラムは進んだ。途中、音域が広いチェロという楽器の説明のほか、なんと指揮の田中先生による豪華な音楽の授業(ピツィカートの奏法と弓奏法による表現の違い)が展開された。また、舞さんの突然の提案による指揮者体験コーナーでは、5人もの挑戦者に対して田中先生自ら丁寧な解説と実践指導をしていただき、周りも元気に歌って大盛り上がり。
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、最後に校長先生から「校歌」のアンコール!この校歌は次第に音が重なり、美しく旋律が広がっていく。1回目より元気に誇らしげに歌を聴かせてくれる子どもたち、もうそこには恥ずかしさはなく、笑顔で元気いっぱいになっていたのが印象的であった。校長先生が子どもたちを良く理解し、先生方を含めて全員が校歌を愛していることが良くわかり、演奏していてこれほど嬉しいことはない。

 最後に、小学校・中学校の各代表から感想・お礼の言葉をいただいた。「きれいなチェロの音がとても心に響きました。特にさんぽが良かったです!」「とても素晴らしい音色でたいへん感動し、元気をもらいました!指揮の体験も楽しかったです。これからもチェロの音色を多くの人に届けてください。ありがとうございました!」出発までの時間、集合写真の撮影と傾聴を楽しむことができた。
 
 このあと、さほど遠くない《道の駅・なみえ》に場所を移した。学校と違って集客の必要があるが、演奏場所が人の流れから外れたところにあり、メンバーはしばし不安な気持ちに…。
 
 ピアノがある入口付近で演奏できないか交渉したが、これはさすがに急な話でハードルが高かった。一方、演奏を聴きに駆けつけてくれた友人や、田中先生までもが積極的に呼び込みをしてくれたことは、とてもありがたいことであった。メンバーもホワイトボードに絵を描いてアピールしたり、外から見えるようにチェロケースを並べたりして、問題解決に一丸となったキャラバン隊はとても美しかった。
 
 演奏が始まったとき観客は少なかったが、周りがどうであろうと演奏メンバーの気持ちは一つだ。
 
 すると次第に、珍しいチェロアンサンブルの調べが引き寄せたのか、用意した座席数を超える25人以上の観客が集まった。「星影のエール」で、舞さんの歌声はさらに美しく響く。いま、この演奏を聴いている方々の多くは、震災当時より非常にたいへんな思いをして苦難を乗り越えてきている。28年前、阪神大震災で被災したことを私が丁寧にお話しすると、皆さん同様の境遇に何度も頷いていただいた。そこで、これまでも同様の想いを携えて弾いてきた震災のための曲の演奏を提案せずにはいられなくなった。三枝成彰氏作曲の「チェロのためのレクイエム」。現地の方々と気持ちを共有するには欠かせない曲だ。とても難しい作品だが、打ち合わせもないのにものすごい集中力と音が集まっていく。奏者みんなの気持ちは一致していた(と思う(笑))。

 そして、アンコールは、観客からの要望で「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。田中先生が曲の感じ方についてレクチャーしてくださり、観客の皆さんとの気持ちがさらに近くなってきた。最後に、浪江に戻ってきた方々に、その想いを「ふるさと」に乗せて歌っていただいた。あっという間に時間が経ち、別ルートに合流する田中先生をお見送り。楽器の試奏体験と傾聴に時間をかけ、幸福感に溢れた中でゆっくり昼食をいただいた。

 さて、浪江ルートの演奏はこれで終了だが、ふくしまコンサート事務局長がプレゼントしてくれた《震災遺構・請戸小学校》の見学が待っていた。海岸に向けてバスを走らせると、すぐに荒涼とした平原のような風景のなかに入っていく。津波が更地に変化させた地帯だ。海岸に近いところに請戸小学校はひとり厳かに佇んでいた。今回のツアーでは演奏に重点を置いたので見学時間が30分と短くなったが、メンバ-は十分満足したようだ。詳しくは省略するが、その凄さは言葉では説明が難しいので、是非、実際に現地に訪れていただきたいと思う。

 
【現地の方々とのふれあい(傾聴・楽器試奏体験など)】
 
◆「今度いつ来るの〜?」というオバちゃんの声に答えられるのが一番。是非リベンジに行きたい。
◆「涙が出るくらい感激しました」「次はいつ?」「定期的に演奏して欲しい」「また来てね」「この楽器(弓)いくらするの?」「これからも色んな所で演奏続けてくださいね」と言ったお言葉を直接聞ける機会はそうないですよね。
◆弓で開放弦を弾くだけでも「すごい振動してる!」「体に振動が伝わってる!」と子どもたちも大人たちも感激している様子が、私が人生で生まれて初めてチェロを弾いた時と同じ反応で懐かしい気持ちになり、とても嬉しかった。
◆先生に聞いたら、「シャイな子が多いし自分のことをうまく表現できない子もたくさんいる、体験学習自体が3年ぶりくらいで素晴らしかった」と。
◆「クラシック好きだけど生で聴いたのは2回目くらい、次はいつ来てくださるのかしら?」なんて嬉しすぎましたね。
◆「被災地のことを忘れずに来てくれるだけでも嬉しい」と多くの方が思ってくださっているという事実を、実体験を伴って知ることができた。
◆校歌を弾き始めた時に、初めは固かった小中学生が、「え、何でおれたちの校歌知ってんの?」みたいな表情を一瞬みせて、元気に歌ってくれたのには、ちょっと涙が出ました。
◆涙を流して演奏を聴いてくださるお婆さん。誰かに感謝されて演奏できるということほどありがたいことはありません。
◆演奏終了後に、写真撮影時に前にいた児童に声をかけ楽器を触ってもらいました。
◆「アヴェ・ヴェルム・コルプス」と「レクエイム」に大変感動した、と感想を言われていたご婦人に楽器を触っていただきました。「数十年前?に触って以来で、こうして楽器を触れて感激です」
◆キャラバンならではの良さは、お客様との距離の近さにあろう。手が届きそうな距離での演奏。終演後には、楽器を触っていただきながらお話しもできた。
◆生徒さんの歌との合奏は、体育館中が一体感にあふれて、楽しい空気になった。
◆年配の女性の方が「(石巻市立)大川小学校で演奏をしていただきたい」と切実に話しをされていた。1ヵ月前に大川小学校を訪れた私には、このお方のお話が身にしみました。
◆演奏終了のすぐあとで寄ってきてくれて、「素晴らしい演奏だった。地元の人たちをこんなにも感動させる演奏会をやるとは考えていなかったよ。チームのまとまりもうらやましいね」との感想とお土産をちょうだいしました。
◆「楽団の生演奏を聴く機会がまったくなかったので楽しみにして親子でやってきました。選曲に流れがあって、とても良い演奏会でした。感動しました。泣いてしまいました。また機会があれば、ぜひ聴きたいと思います。ありがとうございました」という暖かいお言葉。
◆飽きが見えてきた小学生が「次は校歌です」という一言に「歌える!」と、進んで大きな声で歌ってくれたことが印象的でした。
 
【浪江ルートに参加したメンバーの感想】
◆弾くことによって人を勇気づけることができることに充実感を感じました。
◆原野の中に取り残された請戸小学校の周りに町ができるまでは「いつの日にか帰らん」を演奏したい。
◆10年かかってようやく福島の浜通りに行くことができ、感慨深いです。
◆良い演奏をすることに越したことはないけど、そんなことよりも「お客様に楽しんで貰えるように気持ちを込めた演奏をすること」、そして「我々が楽しむこと」が何より大事だなと感じます。
◆やっぱレクイエム弾けたのは絶対よかったですよ!!
◆全員がしっかり「浪江」という地に向き合って音楽を届けようという心が一体になったことに感謝。
◆道の駅、リアルゲリラライブでも誰も動じず、「もっとこうしようか」「ここでできないか」など提案しまくる皆さんの心意気、本当に素敵でした。先生も精力的に呼び込みしていただくなどもうなんというか・・・すごいチームでしたね。
◆思いを込めてレクイエムが弾けたこと。お客様のリクエストで「アヴェ・ヴェルム」をもう一度弾けたこと。最高でした。
◆傾聴というキャラバン本来の目的も果たせる時間の作り方ができたことに感謝します。
◆キャラバン参加者から、どちらかと言うとキャラバンを本当の本番と捉えている、と聞きました。今となっては、聴衆との距離、双方通行の感動、メッセージ性の強さ、演奏レベルへの不安等々、私も同じ思いとなりました
◆旅をおえて、聴いてくださる方の思いに寄り添うことが大事だよね、と改めて感じた。
◆本番&キャラバンとも、手作りで作り上げた実感があります。どちらも大成功に終わったことに喜びでいっぱいです。
◆何より印象に残ったのは震災遺構・請戸小学校の見学。建物に残る津波の爪痕は、人知を超えた自然の威力の脅威である。周辺に広がり荒涼として海が見えない平原では復興は現在進行形であることを思い知らされた。
◆いきなり集まって結成した合奏メンバーなのに、無茶ぶりの三枝レクイエムでも、飛び入り指揮者でも演奏できたのは、キャラバンならではの「何とかなるチカラ」なのだろう。言葉で説明しただけでは分からない不思議な体験であった。
◆指揮者体験は楽しかった。恥ずかしげな3人の小中学生指揮者と実に楽しく演奏ができました。身体全体で踊りながらの楽しい大人指揮者のパフォーマンスも最高!
◆一方的に聴いてもらうのではなく、双方向でやりとりをすることが、最も大切なことだと実感です。
◆三枝レクイエムは、災害地をまわるキャラバンには欠かせない選曲。今でも頭のなかにサビの部分や4番チェロが聴かせなければならないフレーズが浮かびあがって、それに浸っております。
◆今回のふくしまチェロ・コンサートおよびキャラバン浪江ルートに参加させていただいたおかげで、長年の希望が叶いました。
浪江のチームメンバーは、今後も交流が続きそうです。ここからさらに、チェロ族の輪が拡がることを願っています。この場を借りて企画・調整していただいた実行委員の方々や、ふれあうことができた現地の方々に心から感謝の気持ちを伝えたい。本当にありがとうございました。

ふくしまキャラバン・浪江ルート参加メンバー 一同

 
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【ふくしまキャラバン 浪江ルート 実施メモ】
2023年5月22日(月)(ふくしまチェロコンサートの翌日)
指揮同行:田中健先生、司会進行:高橋舞、ルートリーダー:雜賀英之
浪江町立 なみえ創成小学校・中学校 体育館
全校生徒60名+横山校長先生ほか先生がた、保護者のかたがた、近隣住民のかたがた。
演奏10:30~11:30(リハーサル9:30-10:30)

  • 校長先生による開会の言葉

<1曲目演奏>アヴェ・ヴェルム・コルプス

  • 全国からのメンバーの出身地紹介、指揮者:田中健先生の紹介

<2曲目演奏>さんぽ(一緒に歌っていただく、手拍子も!)(歌:高橋舞)
<3曲目演奏>星影のエール(歌:高橋舞)

  • チェロが単独楽器でアンサンブルが可能である説明

<4曲目演奏>メヌエット

  • ピッチカート奏法の紹介(田中健先生)

<5曲目演奏>ガボット

  • 阪神大震災からつながる音楽で心はひとつに(雜賀)

<6曲目演奏>なみえ創成小・中学校校歌(皆さんに歌っていただく:きらきらした歌声!)
<7曲目演奏>ふるさと浪江(父兄の皆さんに歌っていただく)
<8曲目演奏>ふるさと(皆さんに歌っていただく、歌詞誘導:高橋舞)

  • 指揮者コーナー(司会・高橋舞のサプライズ提案、指揮指導:田中健先生)

<演奏曲>ふるさと
指揮挑戦者:小学生2名、中学生1名、先生1名、近隣住民1名の皆様

  • <アンコール(校長先生によるリクエスト)>なみえ創成小・中学校校歌(皆さんに歌って頂く)
  • 小学校、中学校それぞれ代表の児童、生徒さんによる感想・お礼の言葉
  • 在校生の皆さんと合同で写真撮影
  • 楽器にふれあうコーナー、傾聴タイム(11:30-11:45)

※ なみえ小中学校のブログにもご紹介頂きました。記事はこちら。
 
道の駅 なみえ 会議室       演奏:12:30~13:40、 ご来場約25名。
<1曲目演奏>アヴェ・マリア

  • 全国からのメンバーの出身地紹介、指揮者:田中健先生の紹介
  • 古関裕而さんの曲について

<2+3曲目演奏>古関裕而メドレー、星影のエール(歌:高橋舞)

  • チェロが単独でアンサンブルが可能である説明

<4曲目演奏>アヴェ・ヴェルム・コルプス

  • 阪神大震災からつながる音楽で心はひとつに。震災にちなんだ曲の紹介(雜賀)

<5曲目演奏>三枝成彰:チェロのためのレクイエム (雜賀より無茶ぶり提案)
<6曲目演奏>ふるさと浪江(一緒に歌っていただく)

  • アンコールのリクエストをいただく。田中健先生の解説「気持ちによって聴こえ方が変わる!」

<7曲目演奏>もう一度、アヴェ・ヴェルム・コルプス
<8曲目演奏>ふるさと(一緒に歌っていただく、歌詞誘導:高橋舞)

  • 田中先生、南相馬ルートへ合流するため出発!
  • 楽器にふれあうコーナー、傾聴タイム(13:40-13:55)
  • 昼食(13:55-14:40)

 
震災遺構 請戸小学校   見学のみ 15:00~15:30

浪江のキャラバンに参加して長年の希望が叶いました! 

白川正広(しらまさ)

 
 2023ふくしまチェロ・コンサート実行委員会の皆様、リーダーの雜賀様はじめ「浪江ルート」のキャラバン隊の皆様にはたいへんお世話になりました。
 
 そもそも、私がチェロをやってみたいと思ったきっかけは、大規模なチェロ・コンサートの神戸での3回目の演奏をYouTubeで見たことでした。大人になってから始めるので人前で演奏を聴かせるのは無理があるものの、大勢のなかに混じれば何とかなるのではないかというヨコシマな気持ちも含まれています。
 
 チェロを習い始めて数年後に、東日本大震災が起こります。皆さんご存知のとおり、2015年に仙台で第5回となる大規模なチェロ・コンサートが企画されました。
 
 話は横道に逸れますが、私は長く原子力・放射線関係の業務に従事してきました。その関係で、事故後に、福島県内3,000箇所に線量計を設置する件や県内の小学生や妊婦の方全員に個人線量計を持ってもらう件に関わり、福島とは切っても切れない縁ができました。
 
 チェロ・コンサートに話を戻します。本来は原発の災害の影響も大きかった福島で開催すべきではないかと思ったのですが、まだまだ、広く避難指示区域が設定されていましたので、しばらくは無理だろうなと思い直しました。(仙台は「仮のカタチ」と納得しました)
 
 2015年の仙台に参加して、事前の予想以上に、大勢の皆さんと一緒になって演奏して得られる感動を体感しました。本当に参加してよかったと思いました。これがご縁で、実行委員の齋藤大介さんとつながることができ、翌年の和光市でのチェロ・コンサートにも参加させていただきました。これで十分、チェロを始めた動機に見合う体験をやり終えた気持ちでおりました。
 
 そんな状況下で、2022年の6月に齋藤さんから福島県大熊町の帰宅困難区域のうち特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示が解除されることと、あわせて、「心の復興」をテーマに、2023年5月に福島の地で800人のチェロ・コンサートを行うとのご連絡をいただきました。
 
 これこそ、2015年の時点であきらめていた企画そのものと感じて、即、申し込みをしました。ただし、仙台の時に参加を見合わせたキャラバン隊への申込は、この時点ではためらいました。というのも、少人数の演奏チームになるので満足に弾くことができなければ、せっかく来てくださる皆様に失礼にあたるのではないかという思いがあったからでした。
 

 その後、参加を決断したのは、7つのルートのなかに「浪江ルート」があったからです。福島第一原発の間近のコースです。震災から12年が経過した今でも多くの方が避難されています。また、仕事のからみで除染作業や廃屋の撤去などで浪江方面に常駐している関係者の顔も浮かびました。演奏技術の「うまい・へた」などと逡巡している場合ではない、これは申し込むべきだと判断した次第です。

 そのような現地常駐のメンバーに「あずま総合体育館」の本番の案内をするとともに、「浪江ルート」に参加すること、本番の翌日、なみえ創生小学校・中学校や、浪江道の駅での演奏があることをお知らせしました。
 
 結果として、小学校にも道の駅にも知人が来てくれました。本番の会場での演奏と違い、音響効果が異なることや細かい生音や演奏ミスまで聴こえてしまうのではないかなどの心配もあったのですが、考え過ぎでした。演奏終了のすぐあとで寄ってきてくれて、「素晴らしい演奏だった。地元の人たちをこんなにも感動させる演奏会をやるとは考えていなかったよ。チームのまとまりもうらやましいね」との感想とお土産をちょうだいしました。
 
 なみえ道の駅で演奏後にベンチにおられた親子の方から「数日前に、たまたま、置かれていたチラシを手にとり、南相馬からやってきました。こういう楽団の生演奏を聴く機会がまったくなかったので楽しみにして親子でやってきました。ちょっとした音楽を弾いてくれるだけかと思っていたけれど、(選曲に)流れがあって、とても良い演奏会でした。感動しました。泣いてしまいました。なかなか、しょっちゅうは来られないと思いますが、今度、またこういう機会があれば、ぜひ聴きたいと思います。ありがとうございました」という暖かいお言葉をいただきました。
 
 時間を少し戻しますが、本番の1週間前にリーダーの雜賀さんから、「浪江ルート」のZOOM会議を行ないますとのメールをいただきました。待っておりました。(当日、初対面のまま、「さあ演奏しよう」というほど技能もないので・・・)
 
 どういうメンバーが参加されるのかも気になっておりました。この会議が大変よかったと思います。田中先生もご参加いただき、22時開始で終了は深夜の1時ころでした。あれこれの要望が出されましたが、田中先生が押し付けではなく、皆さんからの声を受け止め、選曲や曲順を作ってくださいました。「浪江ルートは浜通りなので会津磐梯山は要らないね」とか「『ふるさと浪江』という曲は小学生には向かないね」というような点、一つひとつが納得のいくものでした。選曲の悩みが一挙になくなりました。リーダーの雜賀さんとMCを快く引き受けてくれた高橋舞さんほかの皆さんは仙台での経験があることがわかりました。キャラバンがどんなものなのかよくご存知という点もとても心強く感じました。
 
 さらに、あずま総合体育館での本番終了後、つまりキャラバンの前日ですが、井上さんの声かけで、全員ではありませんが、浪江ルートメンバーで決起集会的な懇親会をセットしてくれたことがさらに助かりました。集まったメンバーの自己紹介のなかで、それぞれのチェロ演奏の経歴などを伺うことができました。
 
 なにしろメンバーは全国各地から集まっている方々で構成されています。はじめてうち解けることができましたし、何人かの方から懐かしい個性全開の関西色を感じたこと、これまでの皆さんの大規模なチェロ・コンサートへの参加経験などを共有することができました。
 
 続きはキャラバン当日のバスのなかです。懇親会に参加されなかった方からの自己紹介もさることながら、前夜にある程度の人柄を把握できたうえでの会話です。それらによって、まるで、相当前から一緒に活動してきた仲間のような連帯感ができてきたと思っています。不思議なものです。
 
 勢いがついて、移動のバスのなかでは、周辺の放射能の状況についても少し解説をさせていただきました。少しはご参加の皆さんのためになったでしょうか。
 
 さて、小学校の演奏では、まさかのMC高橋舞さんからの「昨日の演奏会での曲のなかから・・・」との前振りがあって、いったん除外したはずの「古関裕而メドレー」をやるのですか!と楽譜を探しはじめたところで、田中先生の機転のきいた切り返しによって予定どおりの曲順で演奏することができたことなども、スリル満点のキャラバンならではの出来事かと思います。
 
 少人数の演奏のよいところは、指揮の田中先生の声がよく届きます。「ここ、4番もっと出して」など、演奏中の一言が、ふだんの練習ならばストレスになるはずのことも、ご期待にそって身体を動かすのみ!という具合に、だんだん乗れるようになりました。それもとても得がたい経験でした。
 
 曲が進み、少し飽きが見えてきた小学生が「次は校歌です」という一言に「歌える!」と、進んで大きな声で歌ってくれたことが印象的でした。実は「開校して間がない学校なので小学生は新しい校歌をよく知らないのではないか」と前日まで懸念しておりましたが、まったく余計な心配でした。
 
 そして指揮者体験です。田中先生の丁寧な指揮指導に生徒の方も安心して振ってくれていたと思います。なかなか体験できないものなので、手をあげて指揮をとった子にとっては良い思い出になるのではないかと思います。
 
 「道の駅」では、「昼食をとるのは演奏が終わってから」とZoom会議の時点でリーダーが決断していただいて、たいへんよかったと思います。会場となった会議室の椅子の配置などの準備をはじめ、全部、自分たちで行なう必要がありましたので、それでも開始時間はジャストのタイミングでした。お客様は、はじめのうちは数人でしたが、続々と来てくださり、椅子を追加で出さざるをえないほどになりました。三枝先生の「チェロのためのレクイエム」は災害地をまわるキャラバンには欠かせない選曲だと思いました。今でも、頭のなかにサビの部分や4番チェロが聴かせなければならないフレーズが浮かびあがってきて、それに浸っております。
 
 震災遺構の「請戸小学校」について。演奏が2回でしたので、ここではちょっと演奏をはなれて、災害の規模などについて参加メンバーと思いを共有することができて、大変ありがたい経験でした。ほかのルートでは経験できなかったものではないかと思います。ただ会場間を移動して演奏するだけではなく、このような機会を挟むことによってメンバー間の結束も深まるように思います。
 
 ついでながら、はからずも「合宿所」のようなムードになった「道の駅」の個室の昼食も参加満足度アップのなかに加えさせていただきます。
 
 終点に近いバスのなかで申し上げましたが、私は昨年の5月に入院し、脳外科の手術を受けました。全身の左半身が言うことをきかなくなりました。まわりも家族もそうですが、自分自身が一番あわてました。このまま死んでしまわないまでも、半身不随になるのではないかと恐怖が襲いました。MRIの結果「慢性硬膜下血腫」と診断されました。頭に穴をあけて150ccほどの出血した部分を抜いてもらいました。診断が早く、措置が適切でした。幸いにも後遺症も残らず、また禁酒のおかげか、再発せず今日に至っております。
 
 その経験から、なにかお誘いがあったときなどには「今回は忙しいから、また今度にしよう」というようなことは言うまいと思うようになりました。「次はない」かもしれませんので。
 
 チェロをはじめたきっかけから今回参加させていただいて感じたことを縷々書いてきました。一言であらわせば、今回の「ふくしまチェロ・コンサート」およびキャラバン浪江ルートに参加させていただいたおかげで、長年の希望が叶いました。
 
 それ以上に、田中先生、雜賀リーダー、パートリーダーの狩野美貴(かとみき)さんはじめ、ふだんなかなか接する機会がない素晴らしい皆様とつながることができたことが、今後につながる一番の収穫だと感じております。
 
 これからもよろしくお願い申し上げます。