CARABAN REPORT
特別寄稿〜田中 健 先生
2023年5月22日 早朝。
本コンサートの興奮も冷めやらぬまま、各所での演奏曲目を反芻しながら朝食を済ませ、集合場所に足を運ぶと、そこには目にも鮮やかなターコイズブルーのTシャツを身に纏ったメンバーがたくさん!
7つのルートごとに配車されたバスに乗り込んで行く姿は、本コンサートを終えた皆さんの新たな門出のような印象さえ受けるものでした。
私は【浪江ルート】及び【南相馬ルート】への同行を志願し、「なみえ創成小学校・中学校」、「道の駅なみえ」、「同慶寺」の3カ所での演奏にあたり、司会及び指揮を振る機会に恵まれました。
午前7時半に福島駅南口から出発した【浪江ルート】の車中では、実行委員を務めるリーダー及び過去にキャラバンで活躍をしたメンバーが主体的に、キャラバンの目的や実施意図、また、訪問先となる地域の情勢、また聴衆となる方々が抱える心情等を委細にレクチャーしてくださり、初めて参加するメンバーへの配慮や、チームの連帯感が得られる環境作りにも寄与されていることに大きな感銘を受けました。
私どもの受けたレクチャーは、一方的な情報伝達ではなく、キャラバンの参加メンバーとの対話を基調とした内容であったことから、時間の経過とともに、参加メンバーの皆さんからも自発的な発言が活性化し、個々のメンバーのキャラバンへの参加に向けた熱意も感じ取ることができたことは、同行する一員として本当に心強いものとなりました。車中の限られた時間ではありましたが、これら一連の経緯は、現地での演奏や傾聴などの活動に向けて結束が高まる交流となったことは言うまでもなく、我々がキャラバンとして演奏することや傾聴を行うにあたっての「心のチューニング」とも言えるような貴重な時間になりました。
浪江までの道中、サービスエリアでの休憩の際、早速、福島の方からお話を伺う機会を作ってみました。メンバーの皆さんがバスから降車した後、これまで、車内でのやりとりを聞いていた運転手さんがその対象です。「バスの運行実績も年々増えて来ましたか?」と云う質問から、いつの間にか「原発事故に係る賠償金」のお話をしてくださいました。道を一本隔てただけで、補償の条件が変わってしまうような事象や、その金額規模の多寡など、同じ会社の運転手同士でも賠償金の話はしない風潮があるとのお話を伺いました。被災者と云っても、状況は様々であり、とりわけ金銭的な補償内容については人に拠っても受け止め方が異なり、その捉え方についての難しさは悩ましい問題であると云った当事者からのお話を聞くことができました。私たちが乗車していたバスの運転手さんも被災者のお一人だったのですね。今さらながらですが、お声掛けして、演奏を聴いて貰う機会を作れたら良かったな…と後悔をしているところです。
[なみえ創成小・中学校]
キャラバンとしての初めての訪問先となる[なみえ創成小学校・中学校]では、校歌の演奏が予定されていました。私たち【浪江ルート】のみが演奏する楽曲でもあることから、バスの車中でもスコアを回覧したり、歌詞を確認したりと準備に時間を掛けて来たこと、そして現地でもリハーサルの時間が確保できたことから、弦楽器ならではのarco.とPizz.を加えたアレンジも含めた演奏をすることができました。小学校の児童、中学校の生徒、そして先生方がチェロの奏でる響きのなかで歌唱してくれたことに安堵するとともに、校歌の素敵な旋律や歌詞に心が動かされる時間となりました。本コンサートでも合唱団とのコラボに涙された方が多かったのではないかと思いますが、やはりチェロと合唱って素敵な組み合わせですよね。
また、学校ならではの「指揮者体験コーナー」では、小学生の一生懸命な身振りから生まれる音楽、中学生からは緊張感とともに生まれる真っ直ぐな音楽、そして地域の方の自由奔放なフレージングと、チェロアンサンブルのメンバーもすべてのニュアンスを余すことなく受け止めた演奏をされていたことが印象的です。感動の涙とは異なった、笑いに満ちた涙の時間も印象的でしたね。
[道の駅なみえ]
最初に感じたのは広々とした空間であり、空の広い場所であるという印象でした。しかし、自らが立っているその場所は、津波の被害があった場所であったことを想った瞬間、改めて浪江で演奏することの意味を問われるような想いとなりました。
私たちが到着する前から演奏を楽しみに待っていた方や、前日のコンサートに引続き浪江まで足を運んでくださった方、多くの皆様が演奏を楽しみに待っていてくださいました。
会場の設営や、周囲の皆様への声掛けなど、【浪江ルート】チームの結束もさらに強いものと発展し、個々のメンバーが精力的に活躍されていたことを思い出します。もう、すでに家族みたいな繋がりになって一体的に行動できたことに、また一つ、キャラバンの恩恵を感じた次第です。
演奏会場に吹き込む浪江の爽やかな風は、奏者の皆さんの譜面台にある楽譜を揺らしながらも、私としては、浪江の空気と触れ合いながら音を紡いでいくような感覚となり、なんとも形容しがたい不思議な感覚となりました。
リーダーからの要望であった「チェロのためのレクイエム」は、本当に演奏して良かったと思っています。[道の駅なみえ]と言うシンボリックな場所で、我々の想いが独り善がりとなることなく、集まってくださった方々とともにその音楽を共有できたことの意義は、キャラバンとしての活動の真髄でもあるのではないかと思う瞬間の一つでした。本コンサートとは異なり、14人での演奏でしたが、500人規模の演奏が濃縮され、お一人お一人の心の底からの音が重なった演奏に目頭が熱くなりました。
道の駅なみえに集まってくださった皆様からのお話では「大川小学校」のお話がありましたね。私もとても悲惨な出来事であったことを知っておりましたが、キャラバンと言う形で現地にも足を運んでみたいと思いました。
[閑話休題…同慶寺への移動]
[道の駅なみえ」での演奏を終えた後、【浪江ルート】の皆さん全員と握手をしてから、私は【南相馬ルート】の演奏会場である「同慶寺」に移動しました。常磐線は全線開通しているとは言え、電車の本数はいまだに少なく、約30分以内に移動をしなくてはならないため、タクシーを利用しての移動となりました。昼食の時間もままならず、[道の駅なみえ]で購入した「なみえ焼そばパン」を頬張りながら、タクシーの運転手さんにお話を伺いながらの移動です。
運転手さんは南相馬市の生まれで「同慶寺」から近くにご自宅があるとのこと。ご自宅は居住制限区域に指定されていたため、つい最近、戻って来られたとのこと。常磐線も全線が開通したとは言え、浪江市では未だに約1割程度しか住民が戻っておらず、電車の本数もなかなか増えず、小高でもまだ半数は住民が戻っていないと云った現状をお話しくださいました。こうしたなか、我々のように県外からの訪問者がいることは、地元の活性にも繋がり嬉しいことであると同時に、継続的に訪れて貰いたいと云ったお話を伺いました。
タクシーの車窓からも、空き家となったままの住居を目にしながら、従前の暮らしを想像しながら想いを馳せる時間となりました。
[同慶寺]
ちょうど、同慶寺に到着すると、ほぼ同じタイミングで【南相馬ルート】のメンバーを乗せたバスが目に入りました。先程まで同行していた【浪江ルート】のメンバー同様に【南相馬ルート】のメンバーも、すでに3か所での演奏を終え、ますますパワー溢れる雰囲気を感じました。
境内に足を踏み入れ、凛とした空気に触れながら本堂へ。すでに多くの皆様がお待ちになっており、期待の大きさを肌身に感じました。田中徳雲住職のご挨拶から、いよいよ演奏に。お寺の本堂で指揮を振るのは生まれて初めての経験でしたし、チェロの皆様の奥にはご本尊が鎮座されており、こちらを向いてらっしゃる。不思議と緊張感はなく、むしろ安心感に包まれたなかで指揮を振り、お集りの皆様へお話をすることができました。司会の進行にあたっても一方的になることのないよう、お集りくださった全員に語り掛けるように、そしてメンバーから生まれる音楽との対話のような時間を共有していただきました。特筆すべきは、集まってくださった皆さんのコーラスがとてもお上手であり、どの曲においても美声とともにチェロ・アンサンブルが活き活きと演奏されていたことが印象的です。
音楽に合わせて、「歌うこと」、「手拍子をすること」、「身体を動かすこと」など、これらが自然と生まれる空間を共有できたことは、本当に幸せな時間であり、キャラバンとしての演奏が、聴衆の皆様によって活かされていることを感じた次第です。
一連のプログラムを終えた後、アンコールを所望される拍手は鳴りやまず、とても嬉しいものでありましたが、アンコールとして「どの曲を演奏しましょうか?」との問い掛けへのご返答は、私たちにとって忘れられない大切な言葉で充たされたものでありました。
「私たちは、やっと[ふるさと]に戻って生活することができるようになりました。
だから、やっと『ふるさと』を歌うこともできるようになったのです。
もう一度、『ふるさと』を聴きたいと思います」
[キャラバンを終えて]
私が同行させていただいた3カ所の演奏とともに、それぞれのルートにおける人的交流などの様子を感想を交えてご紹介してまいりました。きっと、すべてのルート、そしてすべての会場で、様々な想いに充たされた演奏や傾聴などが行なわれたことと思います。
キャラバンと云う素晴らしい取り組みに際して、演奏会場の折衝などを行なってくださった実行委員会の皆様へ御礼を申し上げますとともに、従前よりチェロ・アンサンブルによるキャラバンと云う演奏活動を継続的に取り組まれて来られた方々へ深く感謝申し上げます。
今後においても、このような貴重な活動が継続的に行なわれていくことをお祈りするとともに、チェロ・アンサンブルを通じた人的交流がさらに深化されていくことを切に願います。